境界線から愛を込めて

君が冷静と情熱のあいだで浮かんだり沈んだり死んだり生き返ったりしている間、私もまた、卵を割ったり水を浴びたりしながら懸命に生活をしていた。

エモーショナルを食べて成長するモンスターだから食当たりもしょっちゅうなんだけど、喪失感がないとやっていけないって吉井和哉も言ってたし何が原動力になるかって人それぞれだよね。やりきれない人生を最高速で走ってくのに燃料は良質な方が当然良い。セコくてもなんでも、永遠に始まらない恋を一生やってたらいいと思う。だってなんにもないことにするにはあまりにも惜しいくらい私達って最高の相性だと思うよ。

今日の夕飯はバター入りのオムレツ。卵4個分。

ごっこ遊びー後日譚

一人遊びが得意な子供だった。

おままごとの台本を自分で作り、台詞を考え、1人で何役も演じたりした。

自分以外の誰かの介入によって自分の物語が台無しにされるのが我慢ならなかったし、共有したいとか、理解されたいという欲求は殆どと言っていいほど感じたことがなかった。

やがて少しだけ大人になり、物語の登場人物は自分が望む望まないに関わらず勝手に増えていくのだと知った。

どこからともなく現れては、いつのまにかフェードアウトしていく数えきれない人たち。

それでも私にとって、世界は相変わらず、共演者も観客もいないおままごとだった。

遊戯標本その1:絶望ごっこ

:::狂えない少女は狂ったふりをする

                 少年は、紅茶を淹れ続ける:::

 

 

「絶望ごっこ」が彼女のお気に入りの遊びだった。

彼女が考案したその遊びに、僕は一度も参加を許されなかった。何故なら僕には「遊び」に飽きた彼女に紅茶を淹れるという大切な役割が与えられていたためだ。

今にして思えば、彼女にとって「遊び」でなかったことなど何ひとつなかったのかもしれない。とにかく、日ごとに変わるひらひらのワンピースに身を包みベッドへ華麗なダイヴを決める彼女は天使のような美しさで、僕は痴呆さながらに口をあけたまま、いつまでもいつまでも眺めていたのだ。

部屋では常時大音量で趣味の悪い音楽が鳴っていた。子供向け番組のキャラクターみたいに、ふざけた名前のバンドだったと思う。尤もバッハ以外を聴かない僕にとって、それは音楽と言うより雑音のお手本といったところだったのだが。彼女の好むものを僕はなんでも好んで取り入れたけれど、音楽の趣味だけは絶対的に合わなかった。

 

僕は彼女を愛していた。

愛しているというのはつまり、憎悪しているのと同義である。彼女の愛らしい頭を大事に抱えながら、何度もそれを壁に打ち付けて飛び散るであろう赤い飛沫のことを考えていた。

 

 ある日、彼女はこの世の美しさの全てを独占したまま、夢みたいに死んだ。

いつものようにガムテープで口を塞いで、四肢をリボンで結び、絶望ごっこに興じていた彼女は、そのまま二度と目を覚まさなかった。

僕は三日間彼女の死体の傍を片時も離れずに泣き続けた(勿論、毎日彼女を新しいワンピースに着替えさせてあげることだけは忘れなかった)。

四日目の朝、オーディオからあの忌々しいディスクを取り出して、懐かしいバッハの曲をかけた。主よ、人の望みの喜びよ。窓を開けると柔らかな風が頬を撫ぜ、彼女の髪を僅かに揺らした。紅茶を用意しよう。ダージリンがいいね。彼女が優しく微笑んだので、僕はこの上なく満ち足りた気持ちでティーカップを温めはじめた。

遊戯標本その3:七夕ごっこ

:::運命の恋人と宇宙で待ち合わせ:::

 

 

近頃の異常な気温の上昇は、世界規模の人口増加が原因と考えられる。 定期的に行われるロリィタ娘とキグルミおばけの戦争によってこの星のキャパシティはなんとか保たれていたが、人々は極限状態の暑さの中で地獄の苦しみを強いられていた。次々に労働を放棄する者が現れ、苦しみからの解放を謳い文句にした新興宗教が大流行。政府は、社会的上層部の人間だけを集めて、月の裏側に建設予定のシェルターへ移住する計画を秘密裏に進めていた。

とはいえ、人々は月も星も見たことがない。灰色の厚いスモッグに覆われたこの星の空には、遠い宇宙の光さえ届かなかった。

 

ツー、ツー。

聞こえますか。

ツー、ツー。

 

一番上までしっかりと留めたハート型の釦を指先で弄りながら、渋谷のスクランブル交差点に立っている少女。

ブラウスにはしつこいほどのレース、幾重にも重ねたスカート。小さい膝小僧を隠したソックスには、揚羽蝶のごときリボンがヒラヒラと揺れている。 全身真っ黒のロリィタファッションでキメた彼女は、ぽたぽたと垂れる汗を手の甲で拭って、勢い良く空を仰いだ。

 

ツー、ツー。 こちらナツミ。

右も左もゾンビみたいな人間だらけよ。 やんなっちゃう。

はやくあなたに会いたいわ。

 

次の開戦で、夏美はゴスロリ部隊として徴兵されることが決まっていた。 思想もなければ掲げる正義もない。膨れ上がる人口を調整するために政府が画策した、意味のない戦争だった。言うなれば戦利品は人の死だ。

しかし一度始まってしまえば、争いは簡単に繰り返された。

憎しみは連鎖し、戦没者は讃えられ、報復や名誉の名の下に少年少女達は戦地へと駆り出されて行った。

 

夏美の元に徴兵命令を通告する赤いカードが届いたのは、 一週間前。いつものようにベランダで夜空を見上げていたとき、玄関のインターホンがポーンポーンと数回鳴った。夏美が玄関へ向かうと、ドアの隙間からカードがぽとりと落とされた。

 

ツー、ツー。いいニュースよ。

私ね、やっとチケットを手に入れたの。

明日、夜があけたら、約束の場所へ向かうわ。 すぐに行くから、待っていてね。

 

スクランブル交差点を抜け、雪崩のような人混みを掻き分けて、夏美はまっすぐに坂道を進んでいた。渋谷に新しく建設された大型公共施設へ向かうためだ。施設内には水族館や映画館、遊園地などの様々なテーマパークが収容されており、その中に、プラネタリウム「宇宙」があった。

人類が急激な人口増加に脅かされるようになってからというもの、このような公共施設には入場規制がかけられた。何せ施設内は常に快適な室温で保たれている。涼しいのだ。規制がなければ無尽蔵に人々が押し寄せて、施設内はたちまち地獄絵図と化すだろう。そうなれば施設としての機能は停止してしまう。 規制をパスするための方法は二つ。莫大な金額を支払ってチケットを購入するか、赤いカードを提示するかのどちらか。つまり、徴兵が決まっている者には無料で施設の利用が許可されているのだ。

夏美は受付窓口にカードを提出した。窓口の奥から、「確認しました」と機械じみたが聞こえ、すぐにカードは返却された。ゲートが開き、夏美は「宇宙」の中へ、スキップで入場した。

「あれがアルタイル、あれがベガ」ゆったりと流れるBGMとは対照的に、夏美の目は、上空で瞬く満点の星々を忙しく追いかけた。「そしてあれが、天の川…」場内のアナウンスは、織姫と彦星の七夕伝説をドラマチックに解説していた。

 

ツー、ツー。 あなたの言っていたとおりだった。 あんなに綺麗な光を見たのは、生まれてはじめてよ。 ねえ、私、いつかきっと天の川を渡ってあなたに会いに行くわ。 そこで私達、抱き合うの。 織姫と彦星みたいにね。  

 

それから夏美は毎日のように「宇宙」へ足を運んだ。真っ黒なロリィタファッションに身を包み、星を見に行く少女に、町の人々は微笑むような、憐れむような視線を向けていた。

あの子ももうすぐ戦場へ行くのだ、その日がくるまではせめて、星を眺めて、星に祈って、どうか普通の女の子みたいに。

けれど夏美の目は、希望に満ち溢れ、プラネタリウムの映し出す光よりも爛々と輝いていたのだった。

 

けたたましく響き渡る警報音と共に、戦いは再開された。

ロリィタ娘達を乗せた戦闘機は、キグルミおばけの放つレーザー光線によって次々と撃ち落とされて行った。もとより戦闘力ではロリィタ娘側が圧倒的不利である。何しろ武器は爆弾を埋め込んだうさぎのぬいぐるみだけなのだから。

スカートをパラシュートのように膨らませ、ロリィタ娘たちは着ぐるみおばけの頭上をくるくると舞いながら落ちていった。その姿はまるで風に揺られて可憐に咲くスズランの花のようであった。

うさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、見事上空で勢いよくキグルミおばけに突っ込んだ夏美の魂は、肉体を離れ、そのままみるみる加速し、光よりも早く宇宙へと飛び出して行った。 厚いスモッグに覆われた空の向こう側では、アルタイルが煌々と瞬いていた。

 

ツー、ツー。

ツー、ツー。

遊戯標本その2:白百合ごっこ

:::花はその花弁をひらくとき、自分が最も美しいことを知っている:::


私たちはみんな、本当は男の子のことが気になって仕方がなかったけれど、男の子なんて汚いから、女の子のことが好きなふりをしていた。

アイちゃんの髪は絹のようにさらさらで、光に当たると深い緑色に見える。宝石みたいだ、と思う。私の艶のない癖っ毛はプールの塩素にやられてますます哀れだった。だからスイミングスクールになんて通いたくなかったのだ。どうせなら、バレエかピアノを習わせてくれればよかったのに。それでもアイちゃんは、私のちぢれた髪を、「ふわふわでフランス人形みたい」だと言った。光に透ける細い髪を、「きれいな琥珀色」だと言った。

アイちゃんとは同じ吹奏楽部でフルートを担当していた。フルートの透き通ったやわらかな音色がいつでも私たちのBGMであることがとても嬉しかったし、ぴったりだとも思っていた。私たちは14歳で、女の子で、それが何よりも素晴らしいことだと知っていた。

放課後、屋上で二人のお気に入りの曲をアンサンブルするのが私たちの日課だ。私は譜面と交互にアイちゃんを眺めた。しなやかな指が銀色のキイの上を撫でるように滑り、薔薇色の頬は息を吹くたびに緩んだり緊張したりを繰り返していた。
ほんの僅か、アイちゃんの目が何かを追うように動いた。いつもなら8小節目の頭にアイコンタクトをとるところで、アイちゃんはよそ見をしていたのだ。私はひどく不愉快な気分で、その視線の先を辿った。新任教師のマツダ。私が男の名前なんかをわざわざ記憶しているのは、近頃アイちゃんが、そいつを目で追うようになっていたためだ。

「男子ってうるさいし、バカだから嫌いだな。私には、リルカちゃんがいればいいの。だからずっと一緒にいようね。」私の肩に自分の頭を寄りかからせて、アイちゃんはよくこんなことを言った。私は男のことなんか好きでも嫌いでもなかったし、別にどうだってよかった。アイちゃんが変わりはじめたのは、マツダがこの学校に赴任してきてすぐのことだった。初等部の修学旅行でお揃いで買ったうさぎの巾着は、有名ブランドのロゴが入ったポーチに変わった。スカートを一段多く折り返すようになり、下品な香りが鼻につく日もあった。それでもなおアイちゃんは、クラスの、校内の誰よりも可愛かった。

「ねえリルカちゃん、私のこと、バカだって思うでしょ。リルカちゃんが男の子だったらよかったのにな。ねえ。どうして、女の子同士って、結婚できないのかな。」それって、大事なことなの?と私は言ったが、物憂げな表情で何か物思いに耽っているアイちゃんの耳には、届かないようだった。ずっと一緒にいたかったな、そう思うと少しだけ寂しい感じがした。だけどきっと、彼女はいつか私から離れていってしまうのだ。それは私だって、同じなのかもしれない。私たちは14歳で、女の子だった。
アイちゃんは新任教師との交際がバレて他県の学校へ転校した。私は都内の女子校へ進学すると、すぐにフルートをやめた。

かわいい戦争

かわいいは消費されてゆく。

消費され、飽きられ、忘れ去られ、新しいかわいいへと入れ替わっていく。 それを空虚だとか愚かだとかいう人たちもいるが、消費されないかわいいなんて、パッケージを開封しないままの商品と同じである。なんの価値もない。時代を超えて愛される不変のかわいいがあるように見えるのも、ただ単に時代という一定期間をあけて消費のサイクルがめぐっているだけで、実際は消費されているに過ぎないのだ。
言い換えれば、時代を超えて可愛いは生まれ変わる。一度死んだかわいいは時を経てまた復活する。少女たちの尽きることない欲求とともに。
そして私たちもまた、一人残らず、消費されていく。このステージの上にいられるのはほんのわずかな間だけかもしれない。いつか終わってしまうこのときに、欲望のままに踊るのは無意味なことだろうか。


消費されることを恐れてはならない。終わりの先にしかはじまりはないのだから。作品をつくることもまたしかりである。作品をつくることで、自分のなかのエネルギーを開放すれば、自分のなかに流れが生まれ、その流れは新しいエネルギーと反応し合いながら、よどみなくあり続けるだろう。開放せよ。かわいいに魂を燃やした少女たちの墓標の上に、ハート形に光る新しいピンクの太陽が見える。

ニーチェも言ってたけど、やっぱり私は住む場所を間違えているのだと思う。京都の湿っぽい空気と閉鎖的な性格は、自己放出型の心神喪失現象を治療する人間にはちょうど良いだろうが、私の健全な明るさを澱ませ、不完全燃焼を起こし、身体に悪い瓦斯を生じさせる。